IRORIOのでたらめ記事に引っかかる面々

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2月7日にIRORIOというサイトで「身体的な特徴を除けば、男女間で性別による性格の違いはほぼないと判明!:米大学調査」という記事が掲載されました。ライターは木村加代さんという方。この記事によれば男女間に性別の違いがないという研究結果がアメリカで発表されたそうです。

「米Rochester UniversityはJournal of Personality and Social Psychologyに、男女の性別に対するイメージが実は誤りだったという研究結果を発表…

同研究チームは13000人以上の男女を対象に、122項目に渡る男女の特性に関する典型的な質問を実施。内容は「工作が好きか」「電話で友達とどの位の時間おしゃべりするか」といったものだった。その結果、彼らの回答には性別による違いがほとんど無いことが明らかに。報告によれば、性格のタイプや行動で男女を分けるのは誤りであるという。よくカップル間で、「女は頑固だから…」「男は鈍感なんだから…」といった喧嘩が展開されるが、この考え方自体が間違っているということだ。

この研究を率いた心理学教授のHarry Reis氏は「各々の個性を男女の性別から判断するのではなく、まず個人として理解することが大切だ」と語る。」

この記事に多くの人が関心を抱いたらしく、記事掲載から1週間たった今現在、658人の人がこの記事をツイッターにリツイートし、247人の人がフェイスブックスの「いいね!」ボタンをクリックしています。たしかに記事の内容は2つの意味で衝撃的です。まず第1に「本質的に」男女間で性格にちがいがないという議論。一部のフェミニストによる、「男らしさ」、「女らしさ」という性役割は生物学的に生得的に決定されるのではなく、社会や文化が押しつけたものという主張の正しさが科学的に証明されたわけです。第2が「実質的に」男女間で性格にちがいはないという議論。この研究結果のすごさは、「男らしさ」、「女らしさ」という性差が生物学的にないだけでなく、文化によって後天的にも形成されていないという発見をしたことです。122項目における質問の回答を分析したら、性差が見いだされなかったというのは本当にびっくりです。

この2つの違いは重要です。小さな子どもに好きなおもちゃを自由に選ばせたら女の子はお人形を、男の子は戦車をとったとします。この一見、生得的に見える行動は大人がそうしむけるからだというのが一部のフェミニストの主張です。大抵の人は、やっぱり男の子と女の子はちがうと思っているのでフェミニストの意見に同意しませんが、この研究はフェミニストが正しかったことを証明したわけです。男の子と女の子は「本質的」に違いがないということです。しかし、この研究はさらにもっとすごいことを主張しています。「男の子は戦車、女の子はお人形」をとるというのも勘違いという主張は、フェミニストには大打撃です。フェミニストの多くが社会的・文化的に後天的に獲得された性差を批判していましたが、この研究は後天的にも性差は生まれていないといっているわけですから。

Journal of Personality and Social Psychologyは非常に権威のあるアカデミック・ジャーナルです。査読審査も厳しく、ここに掲載された論文であれば内容もかなり信憑性が高いはずです。ただし、IRORIOの記事の信憑性は…

この記事を読んで、最初に引っかかったのは「米Rochester UniversityはJournal of Personality and Social Psychologyに…研究結果を発表した。」という文章です。論文は研究者が書くものです。大学が研究結果を発表するというのはどういうことでしょうか。

どうもこの記事はうさんくさいと直感し、実際に論文を読んでみました。Bobbi J. Carothers and Harry T. Reis, “Men and Women Are From Earth: Examining the Latent Structure of Gender”という論文です。

最初にアブストラクトを読んでびっくり。そこにはAverage differences between men and women are not under disputeと書かれています。男女の間で平均的な違いがあることは係争中ではない、つまりそんなのは当たり前のことなので議論の対象でさえない、と書いてあります。

論文を読んでみると、たしかに男女の性別から個々の人の個性を判断することはできないと著者は主張しています。でもアンケート調査の回答に性差がなかったとは一言も書かれていません。「男女の性別に対するイメージが実は誤りだった」という主張もしていません。逆に、一般の常識的見解が正しいかどうか確かめてみたら、やはりそれが正しかったと言っています。その見解とは、

男女間に違いはたしかにあるけど、男だから~しなさい、女だから~だ、と決めつけられるほどの性格の違いはない

ということです。この論文は、この、誰でも思っているようなことが本当に正しいか実際に調べてみた、という研究にすぎません。

生物学的には男女は明らかにちがいます。性格もちがいます。ただし、前者は本質的なちがいだが、後者は「程度の問題」(a matter of degree)にすぎない。この「質的なちがい」と「量的なちがい」を区別するために著者はtaxometric methodsを用います。

We sought to establish that gender differences are better represented as dimensional than as taxonic constructs in a more definitive way than prior research has done. The implications of this distinction are important. Should gender be taxonic, contrary to prevailing beliefs, men and women could legitimately be said to be qualitatively different in relevant domains. Knowing only that a person was male, we could also infer that he would be relatively aggressive, good in math, poor in verbal skills, primarily interested in short-term mating, less agreeable, and so on, to the same general degree of accuracy as inferring biological characteristics relevant to sex—for example, large waist-to-hip ratio and deeper voice. This is because if gender were taxonic, the relevant behaviors would co-occur in all members of the class. In other words, most men would score similarly to each other on all these indicators, as would women, with little overlap between the two groups. On the other hand, if gender is dimensional, as scholars commonly assume, a person’s gender-appropriate behavior on one variable would not imply being high on other gender-related variables. Should our results support dimensionality, scholars would have a stronger empirical basis for their belief. (p. 4)

「質的なちがい」があれば量的にもちがいが生み出されるはずですが、量的にちがいがあるからといって質的にもちがいがあるとは言えません。これは「質的なちがい」と言える1つの重要な基準は分岐点が明確なことです(“between day and night there is dusk. But between male and female there is . . . essentially nothing” (D. G. Myers, Social Psychology, 2008, p. 164))。また量的なちがいを生む原因が程度の違いではなく、根本的に異なる場合も「質的なちがい」といえます。例えば、男女の肉体的な差は染色体のちがいから生み出されます。

著者によれば、「体力(physical strength)」や「身体測定値(anthropometric measures)」は質的なちがいなので、「男だから~」、「女だから~」という二分法は可能ということになります。男性の平均身長より背が高い女性は数多くいますが、それでも男女の身長差は単なる程度の差ではなく、根本的なちがいがあるということです。また、男女の性に関して固定観念化された活動についてのアンケート調査でも、男女の間に質的な差があること示しています。男性が好む活動は「ボクシング」、「部品などの組み立て」、「ビデオゲーム」、「ゴルフ」、「ポルノ観賞」。女性が好む活動は「お風呂」、「電話でのおしゃべり」、「スクラップブック作り」、「トークショーの観賞」、「化粧品」。IRORIOの記事では、「工作が好きか」「電話で友達とどの位の時間おしゃべりするか」の回答に性別によるちがいがほとんどないことが明らかになったと書かれていますが、論文には逆のことが書かれています。性別により明らかに違うわけです。ちなみに、このアンケートに答えた人の数は「13000人以上の男女」ではなく、109人の男性と167人の女性です。

男女間の差がたんなる程度問題と見なされたのは、以下の5項目です。
sexuality and mating (sexual attitudes and behaviors, mate selectivity, sociosexual orientation)
interpersonal orientation (empathy, relational-interdependent self-construal)
gender-related dispositions (masculinity, feminisity, care orientation, unmitigated communion, fear of success, science inclination, Big Five personality)
intimacy (intimacy prototypes and stages, social provisions, intimacy with best friends)
これらの項目では、男女間で平均的なちがいは明らかにありますが、個々人のバリエーションが大きくて、「男だから~」、「女だから~」とカテゴライズするほどのちがいは見られないということです。例えば、「男らしさ(masculinity)」や「女らしさ(feminisity)」は男女ともにもっていておかしくない気質というわけです。

ただし程度問題でも男女間でちがいはあるわけです。この論文は、IRORIOの記事が言うような「性別による違いがほとんど無い」という議論を一切していません。

“Although gender differences on average are not under dispute, the idea of consistently and inflexibly gender-typed individuals is. That is, there are not two distinct genders, but instead there are linear gradations of variables associated with sex, such as masculinity or intimacy, all of which are continuous (like most social, psychological, and individual difference variables). Thus, it will be important to think of these variables as continuous dimensions that people possess to some extent, and that may be related to sex, among whatever other predictors there may be. Of course, the term sex differences is still completely reasonable. In a dimensional model, differences between men and women reflect all the causal variables known to be associated with sex, including both nature and nurture. But at least with regard to the kinds of variables studied in this research, grouping into “male” and “female” categories indicates overlapping continuous distributions rather than natural kinds.” (p. 17)

このように木村加代さんのIRORIOの記事はでたらめというわけです。私が1番気になったのは「この研究を率いた心理学教授のHarry Reis氏」という文句です。この論文のファースト・オーサーはUniversity of RochesterのHarry T. Reisではなく、Washington University in St. LouisのBobbi J. Carothersです。彼の博士論文を元にした論文にもかかわらず木村さんは、彼のアカデミック・アドバイザーのReisがおこなった研究だとでたらめを言っています。どうもIRORIOはライターがこういうウソを平気で言ってもとがめられないサイトのようです。

この論文はGender Dichotomy is a Fairy Tale We Have Been Telling Ourseleves to Sleep at Nightという記事で要約されています。IRORIOの記事が適当なことについてはaggren0xさんの「IRORIOのめちゃくちゃな記事の件」もご参照ください。

2月 14, 2013 · Pukuro · No Comments
Posted in: ☆社会科学

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