「させていただきたがる人々」

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「させていただきたがる人々」とは野口恵子さんの著書『バカ丁寧化する日本語―敬語コミュニケーションの行方』(光文社新書、2009年)の第一章タイトルです。よく若い人がテレビで「~させていただきます」と言っているのを耳にします。最近では、女優の仲里依紗さんと結婚した俳優の中尾明慶さんが「みなさんご存知の通り、結婚させていただきました。」と言っていました。

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「いただきました」は敬語のはずなのに、なせがこの言葉を聞く度にいらいらします。この表現の何がいらいらさせるのかよくわからなかったのですが、野口先生の本を読んで判明しました。自分の語感がおかしいのかとも思いましたが、そうではありませんでした。イライラしてよいのです。だってそういう言い方をする人の方が失礼極まりないのですから。

本書は以下の章で構成されています。
第1章 させていただきたがる人々
第2章 現代敬語考―尊敬表現を中心に―
第3章 現代謙譲語考
第4章 敬語使用と想像力
第5章 変わるコミュニケーション

圧巻は第1章です。第2章・第3章も非常に勉強になります。第4章と第5章はササッと読めます。本書は敬語に関して様々なトピックを取り扱っていますが、一番面白かった「させていただきます」だけ見てみます。中尾さんの「みなさんご存知の通り、結婚させていただきました」の何がおかしいのでしょうか。

歌手がファンに対して「このたび、新曲『○○旅情』を歌わせていただくことになりました」(p.18)
お店がお客に対して「都合により本日休ませていただきます」(p.22)
テレビのアナウンサーが視聴者に対して「局アナ時代は、この番組とこの番組を担当させていただきました。」(p.25)
俳優が製作発表で「映画に出させていただきました」(p.26)
市役所が市民に対して「貴重なご意見の一つとして今後の検討課題とさせていただきます」(p.33)

こういう言い方が蔓延しているということは、いらいらしない人も多いのでしょう。いらいらする人のリアクションは「知るか!」です。なぜかというと、「「させていただく」は本来、私が何かをする、それはあなたが許可してくれたからだ、そのことを私はありがたいと思っている、という意味を込めて使われるもの」だからです(p.24)。

「「させていただく」(は)自分に恩恵を与えた相手を特定し、その人を持ち上げることで結果的に自分が低くなるという謙遜の表現である」(p.26)。じゃあ中尾さんはだれを持ち上げて結婚させていただいたのでしょうか。両親? 事務所?

「「させていただく」を使うと、どこかのだれかが特別に計らってくれたおかげで見ることができた、というニュアンスが入ってくる」(p.102)のに、だれに計らってもらったかわかりません。「みなさんご存知の通り」じゃちっともないです。

だれを持ち上げるか明示しないのであれば、ふつう話している相手を謙遜しているのだと直感します。でも実際はそうではないから「知るか!」ってリアクションをとらざるをえなくなるわけです。

中尾さんは「させていただく」と言えば、即、謙遜した表現になると勘違いしているのでしょう。でも「させていただく」は丁寧語ではなく謙譲語です。敬意を表す相手がいないとき、相手に了承を得ていないのに「させていただく」と言うと非常に慇懃無礼になります。相手が了承しようが反対しようがそんなのは知った事じゃない、という表現になります。

「「させていただく」にも、本来の用法とは異なる使い方があり、それは、謙虚とは正反対の態度を表すものだ。どんなときに用いられるかというと、相手の承諾が得られようが得られまいが、自分は自分のしたいことを実行に移す、というときだ。夫の度重なる暴言に堪忍袋の緒が切れた妻が放つ、「実家に帰らせていただきます」のような一言がそれだ。相手からの許可を前提として下手に出る「させていただく」を、いわば隠れ蓑に使った、揺るぎない決意の表明、一方的な意志の伝達だ。」(pp.29-30)

謙虚とは正反対の態度を示す際にも使われるわけです。2人の結婚について何も意見を求められていないのに、「結婚させていただきました」と言われると、「あんたらが何と言おうが俺たちは結婚するんだよ、わかったか」という風に聞こえてくるわけです。

著者の野口さんはほかにも「いただく」の誤用を指摘しています。1つは、自分の考えを強く訴える際に「いただく」と言うことです。選挙立候補者が有権者に対して「皆様にワタクシの政策をお訴えさせていただきたく…」(p.2)というのはおかしいそうです。「強く伝える」ことと謙遜することは相対立するからです。

2つ目が相手に特定の行為を促す際に「いただく」と言うことです。電車内のアナウンスで「携帯電話のご使用はご遠慮させていただいております」(p.58)と言ったり、飲食店の貼り紙で「お車でお越しのお客様には、お酒はご遠慮させていただいております」(p.60)と書くのがその典型例です。なぜおかしいかというと、「いただく」のは常に自分側の行為について述べるときに用いられるからです。携帯電話の使用や飲酒を控えてほしいのは客の方なのに、車掌や店主が我慢しないといけないことになってしまっています。

そ、そんなわけはないですよねえ^^;

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5月 13, 2013 · Pukuro · No Comments
Posted in: 雑談

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