子どもの能力を最大限に伸ばすための計画的訓練の有効性: K.A.エリクソンの論文から

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The Florida State UniversityのK. Andrers EricssonA. C. Lehmannが1996年にAnnual Review of Psychologyに寄稿した論文 ─ Expert and Exceptional Performance: Evidence of Maximal Adaptation to Task Constraints ─ をインターネットで読むことができるのですね。以前、この論文をざっと訳したことがあるのでもう一度読み直し見ました。

エリクソン

チェスやスポーツで著しく卓越した能力を発揮できる人は生まれつき才能があったからだと考えがちですが、この論文で著者のエリクソンとレーマンは先天的な要因よりも最良のトレーニングを継続的に行うという後天的な要因の方がはるかに重要であることを明らかにしています。石川佳純さんの両親は共に元卓球選手、内村航平さんの両親も共に体操選手。2人には卓球遺伝子と体操遺伝子が受け継がれたに違いないとつい考えがちですが、この論文で示されているのは、親が同じ競技のスポーツ選手であったメリットは子供の頃から最良のトレーニングを継続的に長期間続けられることにある、ということです。バレエもフィギアスケートバイオリンの才能も小さい頃から適切な訓練を長期間受けていれば、ほとんどの人がプロレベルになれるわけです。1日に完全集中してできるトレーニング時間の上限は約4時間だそうです。つまりトップレベルの指導者の下で毎日4時間近くのトレーニングを10年以上続ければ、ほとんどの子供が卓越した能力を身につけることができるわけです。

以下、論文の抜粋および要約です。

イントロダクション

人間行動は外的環境に対して高い適応力を発揮する。発生生物学での最近の研究は、身体的適応が一般に考えられているより多岐にわたることを示している。例えば、先進国での近視の増加もテレビの視聴や読書などの近接作業による適応反応だと考えられる。むろん、何もかもが外的環境に適応して変化するわけではない。何が不変的な何が可変的なのか。本論文ではエキスパートの行動に見られる最大限の適応と学習の事例を研究することでこの問いに答えようとする。彼らは幼い頃からトレーニングを始め、そのトレーニングの持続期間と密度は一般の人たちがおこなう活動の範囲をはるかに超えている。

熟達したパフォーマンスに対する考え方

一般的に、人々の優れた業績は、訓練や経験(後天性)と素質や才能(先天性)の微妙なバランスから生まれると考えられている。先天的な要素を強調する立場によれば、個人差は訓練によって変えることのできない生得の基本能力の違いから生じる。つまり、指導と練習は熟練レベルに達するための必要条件ではあるが、十分条件とは言えない。ある一定のラインまでパフォーマンスを上げることは可能だが、パフォーマンスの潜在的上限は不変の遺伝的決定要因によって決められるとこの立場は考える。その結果、この立場での実証的研究では、特定の型の活動に関連した才能を取り上げ、それを測定することに重点を置く。子供が小さい頃にテストをして最も才能のある子供を選び出し、その子らに最良のトレーニングを提供するというのはこの考えを敷衍したものである。

Adriann D. De Grootがチェス・プレイヤーに関する研究を始めた当初は、チェスの専門家は駒の動きを広範囲にわたって考えることができるため、卓越した実力を発揮できると考えられていた。しかし、世界的に名の通ったチェス・プレイヤーは、いろんな駒の動きをいちいち考えずに、最初に直感で思いついた通りに駒を指していることを彼は発見した。この発見は、パターンに基づく記憶検索を暗示している。初心者はたとえすべてに必要な知識をもっていても、物理学の問題にてこずる。物理学のエキスパートは問題を解くための道筋を難なく引き出せるが、それは彼らが素人よりも知識が豊富だからというだけでなく、その知識をきちんと系統立てて理解しているからである。この推論能力は専門領域に特化している。化学の専門家は政治学における問題をうまく分析するための戦略を持ち合わせていないのである。

この専門技能は必ずしも経験量と比例しない。看護師が緊急電話を受け、医療処置が必要がどうか判断する能力は経験年数が増えるにつれ正確になる。しかし、会計検査官は経験年数が増えてもとくに仕事が正確になるわけではない。同様に、コンピューター・システムに長くかかわっていてもそれが知識と技能の向上につながわるわけではない。

熟達したパフォーマンスの範囲

エキスパートが達成すべきゴールの1つに、要求に対して確実に卓越したパフォーマンスを見せることがある。これを実現するためにエキスパートはあらゆる関連要因(動機も含める)をマスターする必要がある。熟練者とは、ある領域における一連のタスクにおいて一貫して卓越したパフォーマンスを出せる人を指す。彼らを分析すると、興味深い一般法則が発見された。

年齢と最盛期のパフォーマンス

専門家がパフォーマンスを最高レベルまで高めることのできる歳はその専門技能の領域によって異なる。激しいスポーツではピークの期間が著しく短い。20代に集中するが、ピーク時はスポーツの活動内容により変わってくる。細かい運動技能やチェスのようなもっぱら認知的活動を必要とする領域では30代でもっとも頻繁にピークが生じる。学問領域ではクリエイティブな研究成果が生まれるピーク年齢は30代から40代である。

必要準備期間の10年ルール

ほとんどの領域でエキスパートはかなりの準備期間を経て10年かそこらで最高レベルのパフォーマンスに達する。H.A.サイモンらはチェス・プレイヤーが国際レベルのスキルを身につけるまで約10年の歳月がかかることを発見した。チェスの天才だったボビー・フィッシャーでさえ9年の準備期間が必要だった。その後の研究で10年ルールは他のいくつかの領域(激しいスポーツも含める)にも当てはまることがわかった。このルールによれば、トップの才能があるわけでもないのに、10年もたたずに国際レベルに達することが可能である。実際には、大半の国際レベルのエキスパートはそのレベルに達するのにもっと長い時間を費やしたのだが。ただしエキスパート・レベルに達した後では、経験年数と実力の相関関係はほとんどなくなる。チェスの試合時間やメジャー・リーグにおける野球の試合回数は、熟練者間の個人差を予測するのにほとんど役に立たない。

計画的訓練の役割

経験とパフォーマンスの関係が弱いのは、仕事と競争、遊びとレジャーのような一般的な活動のほとんどで、効果的な学習および技能の向上を目指す機会が与えられないからだ。エリクソンらは、個人に合ったトレーニング活動の中でも、とくにコーチや先生が反復と改善を通じて各自のパフォーマンス向上を目指すものを計画的訓練と命名した。フィードバックを最大限に利用するために、各自は最大限に集中して、自分のトレーニングを監視しなければならない。計画的訓練によりパフォーマンスは最大限に向上するであろうとエリクソンらは論じた。

実際、計画的訓練量の差異が音楽家や運動選手が到達したパフォーマンスのレベルに相関していることが示された。一流のパフォーマーほど小さい頃から計画的訓練を始めている。彼らの毎日の練習と休息のパターンを分析すると、何年もの間、毎日完全に集中してできるトレーニング時間の上限は1日約4時間であることがわかった。

熟達したパフォーマンスと才能

ほとんどの解剖学的かつ生理学的な特徴は生来の才能によって形作られているため変えることができないという考えは、10年以上練習を重ねて得たエキスパートのパフォーマンスを見る限り、根拠のないものである。

体がまだ発育中の小さい頃に訓練を始める必要がある。クラシックバレエの生徒が足を180度開くターンアウトができるようになるためには早くから訓練をする必要があるようだ。一般的に激しい身体活動は骨と関節の成長を促す。しかしこの順応はこの活動を伴う手足に限られている。このことは野球の投球やテニスのような体の片方だけを使う行為にとくに顕著である。一般の人がトップアスリートやダンサーと多くの解剖学的かつ生理学的なちがいを見せるのは、後者が体の一部を日常生活では正常範囲を外れている特異的な刺激にさらす激しいトレーニングを行っているからである。

最近の研究は、訓練によって知覚・運動・認知能力を得ることはできないという初期の主張を反証している。適切な指導の下で、大学生はひよこの性別を識別するという不思議な能力を得ることができる。世界に通用するタイピストやピアノのエキスパートの技能は先天的な指の長さではなく、計画的訓練の量と相関性があるのだ。子供や自閉症サヴァンに見られる例外的能力も特殊能力の存在を想定することなく、技能獲得によって説明できる。一部の音楽家がもつ絶対音感の能力は幼少期に音楽に接することと音楽の訓練開始時期に関連している。どんな子供でも6歳頃までに絶対音感を習得できる。幼少期に音高の認識活動をさせるだけで絶対音感に関わる脳構造が違った発達をするようである。

多くの研究が、トップアスリートの基本的な知覚能力と知覚反応時間は対照群より特に優れているわけではないことを発見した。IQはチェス・プレイヤーの実績とほとんど関係しない。それは音楽家にも当てはまる。動機や親の支援に関わる要素の方がはるかに将来の予測能力が高い。成人に達した専門家のパフォーマンスを調べれば、元々の能力の個人差は将来のパフォーマンスを予測するのにほとんど役に立たないことがわかる。元々の才能が将来のパフォーマンスに与える影響はわずかであり、無視してもよい場合もあることを示唆している。子供と大人を計画的訓練に仕向ける動機的要因の方が、専門家によるパフォーマンスの達成レベルを予測するのに役立つ。

熟達したパフォーマンスの研究

伝統的領域における熟達したパフォーマンス

チェス
専門家パフォーマンスの研究はチェス・プレイヤーの研究を端緒とする。チェスの専門家パフォーマンスを上手く捉えるために、de Groot (1946/1978)はチェスの駒の動きについて幅広く研究した。彼はチェス・プレイヤーにチェス盤を示し、独り言を言いながら次の一手を決めるよう指示した。世界有数のチェス・プレイヤーと町のチェスクラブの名手の独り言観察記録を比べたが、どちらのプレイヤーも熱心に次の一手を考えていたが、探索にかけた時間は変わらなかった。しかし、前者は後者よりも的確な一手を指していた。町のプレイヤーはしばしば最善の策を思いつくことができなかった。世界有用のチェス・プレイヤーがしばしば最善の一手を最初に思いつくことから、チェスの名人は探索ではなく、手がかり再生記憶によりチェスの一手を思いつくと推察された。探索時間を劇的に減少させても指し手の質は高いままだった。

数多くの研究が、チェス技能を示しているのはいい手を思いつく能力だと考え、その媒介過程を分析した。例えば最初はチェスの技能レベルが上がるにつれ次の一手をじっくり考えるようになるが、ある程度技能レベルが高くなるとその関係がなくなることを発見した。また、通常のチェス・プレイヤーはチェスの手を考えているときに別の大事な作業を強いられると、探索時間が長くなり、指し手の質が下がるが、卓越したチェス・プレイヤーは同様の条件の下でもいい手を思いつくことができることがわかった。探索はおもに代替策の善し悪しを比べ、見落としや間違いをなくすのに役立つ。記憶から適切なゴールと指し手を検索することでチェスのエキスパートは指し手を決め、時間があればより高いレベルの探索と評価をおこなう。エキスパートはひらめきでいい手を思いつくこともある。

医療
チェスに並んで、医療的判断と診断が昔から専門技能の研究対象となっている。医療診断における専門家のパフォーマンスは、専門家が診断の選択肢について縦横に考え抜いて判断せざるを得ないときに主に見られる。チェス・プレイヤーと同じように、医療専門家は医学領域の関連情報に関わる記憶力が非常に高く、専門技能が向上するにつれ、思い出すことのできる情報量も高まる。

コントラクトブリッジ
このゲームで大事なことは自らの手札をもとにコントラクトの数で勝ち負けが決まるということだ。ビッドと手札に関する情報だけでエキスパートはトリックの数(コントラクト)を正確に見積もることができる。アマチュアのブリッジ・プレイヤーは自分が勝つ可能性を過信する。専門家はアマチュアのプレイヤーよりも問題と制約を正しく認識し、広い視点からプランを立てる。最初の持ち札に関する記憶はブリッジの技能が向上するにつれ高まる。

会計監査
会計検査官が倒産を正しく予測した事例は数多く確認されているが、企業が倒産するかどうかの判断自体が倒産が起きる可能性に影響を与えるので、この判断の質を見極めるのは困難である。会計検査官が一般会計の経験を積んでも会計分析が正確になるわけではない。ただし、ある特定のタイプの会社についての経験量は分析の正確さに影響を与える。とくに医療会社に関する経験がこれに当てはまるが、それは医療会社は不正率が高いからだ。しかし不正行為がパターン化されていないため、それを発見するのは難しい。

他の領域
多くの専門技能領域では代表的なタスクを特定するのが困難である。なぜならこれらの領域(コンピューター・プログラム、リサーチデザイン、論文)で生まれる成果が複雑だからだ。コンピューター・プログラミングの専門家と非専門家に同じプログラム仕様を与え、双方のその後のデザイン過程を観察した。すると、初心者と異なり、熟練したプログラマーは最初にハイレベルの設計表現(メンタルモデル)をしてから、すべての条件を満たすまでそれを修正し続け、後で細かいデザインをし始める。作業中のタスクがエキスパートに慣れ親しんでいるものであれば、正確なメンタルモデルをさっと作り上げたが、慣れ親しんでいるものでなければすべての関連した条件を満たすメンタルモデルを作成するのに非常に手間取った。また、超熟達者は熟達者よりもコンピューター・プログラムを一般的かつ抽象的に捉えていることがわかった。

同様に、熟達した作家と素人の作家を比べると、前者は後者よりもプランに時間をかけ、組織・構造・対象とする読者についての制約を考慮していることがわかる。経験豊富な科学者は自分の研究分野に関する慣れ親しんだ問題については、日常の問題解決と同じようにリサーチデザインを簡単に作成できるが、慣れ親しんでいない分野についてはそれが容易ではないことがわかった。

きわだって正確に複雑な推論をおこなえる競馬の賭け師がいるが、彼らのIQは一般の人と変わらなかった。他のタイプの専門家パフォーマンスと同じように、彼らは複雑な知的表現を媒介しながらレースの結果を予想していた。そうすることで以前のレースの成績から競走馬に関する情報を得て、複雑な相互作用する要因について推論することが可能となった。

専門家の知覚パフォーマンス

目視による医療診断
X線診断の経験を1年以上積んでも研修医の診断はほんのわずかしか正確にならず、経験量は難しい症例にのみ影響を与える。皮膚疾患においては簡単な症例も難しい症例も、診断の正確さは専門技能が向上すると共に一様に高まる。

他の領域
スポーツでの熟練した審判がスポーツイベントの場面を見せられたとき、専門技能と関連する知覚的判断能力は対照群より優れている。熟練した体操の審判は体操演目での失敗をうまく見つけることができた。熟練したコーチは新米のコーチよりもビデオで撮られた水泳選手の泳ぎ方や、砲丸投げ選手の投げ方を評価・説明するのがうまかった。

専門家の知覚的運動能力

タイピング
熟練したタイピストはタイプしながら次にタイプする文章を見ている。この先読み能力とタイピストのタイピング速度は比例する。今タイプしているテキストよりも後のテキストに注意を向けることで、前もって指を正しく打てるように準備できる。専門家と初心者のタイピングのスピードのちがいは、続けてキーを打ってもらうとすぐわかる。長い経験を積んだ専門家は重複した動きで指を動かす。被験者にテキストを先読みさせないようにすると、熟練タイピストのタイピングのスピードは非熟練タイピストのスピードとほとんど変わらなくなる。

音楽
熟練した音楽家の際だった特質は、彼らが同じ曲の連続公演で何度歌っても同じように歌えるその卓越した再現能力にある。音楽作品の芸術的解釈をつかさどるルールを破るよう頼むと、音楽家の再現能力は低下する。また、熟練者は中堅の音楽家よりも演奏をしているときに無駄のない動きで両手を使い、リズムを刻む。

熟練した音楽家が標準化された条件下で聞いたことがない曲を初見でうまくひけるかどうかについての研究もなされている。タイピングと同じように、初見でうまく弾けるかどうかはアイ・ハンド・スパンと相関関係がある。熟練したピアニストが独奏楽器とどれだけペースを合わせられるかどうかは、楽団や独奏者と一緒に訓練を受けたことがある機会の有無によって予測される。
注: アイ・ハンド・スパン(eye-hand span): 音楽用語。指が実際に音を出している瞬間,目はすでに次の小節の楽譜やキー・ポジションを見ていなくてはならないので,その差がおおきいほど有利な演奏になる。その差をアイ・ハンド・スパンと呼ぶ

ジャグリング
複数の玉をジャグリングするための運動パターンは非常に限られている。ジャグリングを続けられるのは同じ調子を保っているからではなく、常にずれを微調整しているからだ。ジャグラーはジャグリングを玉の軌道の頂点を見るだけで玉をうまくコントロールできる。

スポーツ
スポーツ専門家の知覚・運動パフォーマンスはスピードと正確な運動機能を必要とする。素早い反応が必要となるスポーツでは競争レベルが高まるにつれ、対戦相手の力とスピードも高くなるため、反応時間を短くせざるをえない。エリートアスリートは知覚的合図に反応して行動を選択しなければならない。最高のクリケットプレイヤーでさえもボールが接触する0.19秒前からだと大きな修正をおこなうことはできない。ボールに接触する0.2秒までの間に、アスリートはとても限られた情報を引き出す。

よくある状況に直面すると、エリートアスリートは他の普通のアスリートよりも反応時間が早く、早いうちから予測して動き始める。スポーツで首尾よく動作を終えるために必要な時間精度は非常に高く、正確に打つ必要があるスポーツでの時間精度は±0.002秒である。このレベルの正確さに到達するために、ボールとバットが接触する0.05秒前には打撃行動の力を調節する。例えば、卓球のエリートアスリートはボールが接触する時にもっともタイミング精度を高めるため、ドライブをするための時間的変化をコントロールする。実際、熟練したプレイヤーはボールが接触する時間の差異が小さいにもかかわらず、そのバックスイングは初心者よりも可変的である。

熟練した記憶パフォーマンス

本当に並外れた記憶力というものは通常、ある1つの題材についてだけであり、それはしばしば数列や行列だったりする。すべての例外的人物が興味のある題材について予備トレーニングを受けたことがあるのがわかった。例外的記憶力が後天的に獲得されるということは大学生に対するトレーニング研究からも明らかである。50~100時間にわたって数字スパンを練習すると、何人かの学生は例外的被験者のパフォーマンスを超え、20桁も覚えることができた。さらに練習すると、2人の被験者はこれまでの記録で最大の桁数―80桁と100桁以上を達成した。彼らは例外的人物のパフォーマンスに並び、そしてそれを超え、想起パターンが例外的人物のそれと変わらなくなった。

桁数の多い数の足し算やかけ算のような課題は紙と鉛筆を使えば簡単にできるが、頭の中で計算するのは難しい。暗算の熟練者はこの課題に関するトレーニングを長期間受けることでこの技術を習得する。そのような専門家は順行干渉(proactive interference 以前の学習によって新しい学習が抑制されること)を避けるために記憶コード化された中間的記憶貯蔵庫を保持しなければならない。暗算とそろばんでの拡張ワーキングメモリーは、記憶装置とそのアクセスが長期ワーキングメモリー(WT-WM)とは区別される技能記憶の拡張である。つまり、記憶パフォーマンスのエキスパートになるためには、領域特化型の経験をすることでいつのまにかそうなるのではなく、その目的にあった記憶スキルを習得しなければいけない。

サマリー

高いレベルの知覚・運動パフォーマンスに到達するために、エキスパートは一連の運動の反応時間の限界を克服しなければならない。それはタイピングや音楽でのアイ・ハンド・スパンの増大に見られる。運動パフォーマンスもプロのレベルに達するためにはミリ秒領域レベルの的確なタイミングを必要とする。このパフォーマンスはボールとラケットの接触のような決定的事象の50ミリ秒前には、運動の動態的調整によって実現されているように見える。専門家パフォーマンスはほとんど自動的になされていると信じられているが、実際には、ほとんどの専門家パフォーマンスは計画、理由づけ、予期を含む思考活動をたどってから実現される。

熟達したパフォーマンスの構成要素に関する研究

専門家の素早い知覚

決定よりごくわずか前に現れる知覚的合図に基づいてなされる専門家の卓越した予測は、バドミントンでのサーブの着地点、テニスでのサーブの種類、クリケットでのピッチングの種類、スカッシュでのショットの方向と力、ホッケーでのゴールショットの地点で観察される。調査者はエキスパートが別の領域特化型な知覚技能を持っているという証拠を見つけた。これらの発見は、専門家は知覚過程のスピードが増大するだけでなく、決定のごくわずか前に現れる知覚的合図に基づいて正確に予期することで敏捷な反応ができることを示している。また、エキスパートが正確に予期した結果を報告できることは、彼らが知覚・運動パフォーマンスを無意識にこなしているという伝統的な主張を否定する。

専門家の卓越した記憶力

たいていの領域でエキスパートは突然の記憶作業で卓越した記憶力を示す。チェス・プレイヤーに駒の位置を記憶するよう頼むと、通常の駒の位置だと高い記憶力を発揮するが、駒をでたらめに並べると一様に駒の位置をよく覚えられなかった。すべてのチェスプレイヤーはチェス駒の配置パターン(チャンク)を知覚できたが、チャンクの数はエキスパートと初心者の間では明らかにちがいがあり、初心者の場合、短期記憶の限度内に収まった。エキスパートの記憶力が高いのは、長期記憶にチャンクが保存され、より多くのチェス駒を1度に覚えられるからだと考えられる。専門家はよくあるチェスゲームのパターンだと高い記憶力を発揮するが、でたらめに駒を並べるとよく覚えられないという彼らの発見は他の研究でも再現された。それは以下の通りである。チェス、ブリッジ、囲碁、オセロ、スヌーカー、医学、電子回路図、バスケットボール、フィールドホッケ、バレーボール)、フィギュアスケート、アメリカンフットボールなど。

さらに研究を深めるといくつかの例外の可能性が明らかになった。でたらめに並べられたものだとエキスパートの記憶量はほとんど常に減るが、それでも初心者の記憶量よりは多かった。この発見は、チェス、楽譜、コンピュータープログラム、バレーボール、モダンダンス、バレーの動作にも当てはまる。エキスパートの情報の記憶は以下の例ではとくに卓越しているわけではなかった。音楽家に聞かせたメロディー、プロの俳優に渡された台本、地図の専門家に渡された等高線のない地図などである。最後に、医療情報の記憶力は専門技能がついてもつねに高くなるわけではなかった。コンピュータープログラムに関する情報では、熟練したプログラマーの方が初心者より記憶力が劣っている場合もあった。専門家の卓越した記憶力は専門分野でのあらゆるタイプの情報に見られるのではなく、専門家のワーキングメモリの機能的能力を拡張するために獲得された関連情報についての記憶力に限られているのだとわれわれは考えている。

チェス
ChaseとSimon(1973)はチェス専門家の卓越した記憶力を短期記憶の観点から簡潔に説明したが、後続研究では支持されなかった。Charness(1976)とFrey & Adesman(1976)は、ちょっとの時間しか見せていない情報も短期記憶ではなく長期記憶に保存されることを示した。もっと最近の研究でCookeら(1993)とGobet & Simon(1995a)はこの発見をさらに発展させ、非常に熟練したチェスプレイヤーは9以下の異なるチェスの位置をほんのちょっとだけ見せただけでほとんど覚えることができることを示した。チェスの名人は目隠ししてチェス盤を見えなくしても、いつも通りの力を発揮してチェスを指すことができる。Saariluoma(1991)による実験研究では、グランドマスターは目隠しした状態で間違えることなく、同時に10のチェスゲームをすることができることを示した。

EricssonとKintsch(1995)は、チェス専門家はワーキングメモリの能力を伸ばして、チェスの位置のプランと評価を手助けする長期ワーキングメモリのスキルを獲得しているのではないかと述べた。実証結果は、長期ワーキングメモリに基づく説明が、チェスゲームと同様のプランを必要とするブリッジ、囲碁、オセロ、スヌーカーのような他のゲームについても説得力があることを示している。

医療
医療専門家の高い記憶力は、高いレベルの推論をおこなうことで特に重要な情報を選択し、患者についての詳細な関連情報をまとめる能力に負っている。専門家パフォーマンスを測る基準が、提示された診断の詳細を丸暗記することではなく、優れた診断精度にあるのであれば、それに必要なワーキングメモリシステムを得ることは、どの治療が望ましいか的確に判断するための適応反応と言える。

他の領域
団体競技では一流のアスリートは常にゲームの現状がどうなっているか更新しなければいけないので、よくあるゲームの状況をよく覚えていなければならない。高度のコンピュータープログラムを作る場合、コンピュータープログラマーはプログラム全体の構造についてしっかり記憶する必要性がある反面、些末な詳細については忘却力が必要となる。熟達した俳優は役のキャラクターになりきって演劇の台本を覚え、熟達した音楽家は音楽を自分なりの解釈で接する。これらのタイプの専門家パフォーマンスでは、提示された情報をすぐに覚えたり、機械的暗記する必要はない。長期記憶に新しい記憶の痕跡を残すことでパフォーマンスを向上させる別の一般的メカニズムとして、関連する知識とパターンの程度があげられる。ある領域の専門的知識はその領域に関連している情報については高い想起力を導くが、関連しない領域の情報について何の効果もなかった。専門技能領域の概念に関係していれば、恣意的な情報でさえも記憶力がよかった。

結論

チェスやスポーツなどの領域において、約十年の時間をかけてしっかり準備をしてやっと国際的レベルの例外的パフォーマンスに達することができる。いくつかの領域では専門家は毎日4時間の計画的訓練をおこなう。この4時間という時間が何年もの間毎日訓練をし続けることができる最大値のようだ

専門家のパフォーマンスは長期間にわたる計画的訓練によって生まれるという結論は、才能や専門技能の役割を重視するこれまでの考えと異なるものである。身長という一つの例外を除けば、専門家の間に見られる専門領域における特徴(才能)に関する今ある証拠は、長期間にわたる徹底した訓練が身体の生理学的、解剖学的、さらに神経学的適応を引き起こすということを示している。専門技能について言えば、一人で何年もの間練習することで得られるパフォーマンス・レベルは、しっかりした訓練プログラムを受けたパフォーマンス・レベルよりかなり低かった。

機械的訓練による技能活動に対して、たいていの専門技能は運動パフォーマンスでさえも、継続的にチェック、計画、理屈付け、予期のような認知過程を経て改善される。例えば、えり抜きのマラソン選手はつねに自己の生理的状態とランニングの効果をチェックするが、新米のランナーは痛みの経験を最小限に抑えるといったランニングとは関係のないことばかり考える。

熟練パフォーマーは計画、理屈付け、予期などをするための前提条件として現状がどうであるかを表す内的メカニズムを獲得する。ある活動に対してさらなる迅速さと正確さが求められるたびに、熟練パフォーマーは新しい学習課題に直面する。現状より高いレベルのパフォーマンスに達するためにはうまく学習し続けることが必要となる。例えば、多くの腕の立つタイピストは何ら努力することなく現状レベルのタイピングをおこなえるが、タイピングのスピードをさらに速くするためには細心の注意を払って能動的学習にいそしむ必要がある。また、専門家の現状レベルに介在するメカニズムの多くを分析することで、フィードバックを通してパフォーマンスをさらに向上させることを可能にする。専門家パフォーマンスと学習過程の構造をさらに分析すれば、人間の学習と適応の可能性と限界についてもっと有益な情報を得ることができるかもしれない。

2月 6, 2015 · Pukuro · No Comments
Posted in: ☆社会科学

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